A. 不適切な硝フッ酸槽のFRP補修例と状況
写真:鉄鋼製の硝フッ酸槽に施された補修
画像の硝フッ酸槽(6000×2500×2200H)は元々鋼鉄槽だったものに、ゴムライニングを施したものです。恐らく初めにライニングされたゴムが腐食して薬液が鋼鉄槽に浸透したので施主が補修業者に依頼したと推測します。
依頼された業者は内容液が硝フッ酸にも関わらずFRPで腐食を防げると勘違いしたのでしょう。
そこでゴムライニングの上から、全面にFRPライニニングを施したため、ゴムライニングとFRPの接面では硬化不良を起こし、さらに接液面ではフッ酸が含有されているにも関わらず、フッ酸に冒されるガラス繊維を最上層に使用したことで表面層も即腐食したと考えます。
その状態から数年の間にかけて行った補修は、画像(下段)でご覧の通り特に腐食していると思われる箇所を四角くマス張りし、ここでもさらに補修に不適切なガラス繊維を使用しています。
画像中(上段)でも確認できる穴がありますが、これらは不適切な補修の結果として硝フッ酸が母材にまで到達し、鋼鉄部が腐食したことを示しています。
当社が依頼を受けた時点で画像(上段)の穴があいている箇所付近より薬液が漏れており、数日、数時間の差で槽決壊を免れたと考えられる恐ろしい状況でした。
B. 不適切なFRP補修によって生じていた問題と過酷を極める現場環境
上述したような不適切な補修の状況は、補修工事を進めていく過程で露呈してきた事で、補修工事初期段階ではわかっていませんでした。そのため、補修工事を開始した当初は、内面を全面ライニングしてほしい、という依頼に応じてまずケレンを行いました。
しかし、ケレン終了後、底面をライニングする段階でプライマー処理したのですが、翌日になってもマトリックス樹脂が硬化しないという硬化不良を起こし、ライニングが行えない状況でした。
なぜこのような状況になったかと言いますと事前の工事仕様に関する打ち合わせの際に内容液は「硝酸」という情報しかお客様より得られないなど、正確な事前情報が得られなかったということが一因です。
槽の内容液が、フッ酸を含有している「硝フッ酸(硝酸20%、フッ酸4%)」である事が判明したのは、補修工事中に発生した硬化不良等の原因究明のため、当社にて調査を行った後でした。
さらに、8月の40℃近い猛暑という環境下での防毒マスクと防護服着用の状態での作業に加え、防護眼鏡を装着しなければ目を開けるのも困難な状況でした。防護眼鏡装着により汗が眼鏡内部に溜まり目にしみて視界が狭くなり、さらに視界がぼやけるなど、作業は想像を超える過酷な環境でした。
槽に対する過去の不適切な補修処理による薬液の浸透が、さらに補修作業を困難なものとしました。ケレンすると硝フッ酸ガス噴出に加え、驚くことにゴムライニング層とFRP層の隙間に硝フッ酸が滞留しており深くケレンを行うと、まるで水槽が割れて水が流れ出るように硝フッ酸が流れ出てきました。
局所換気を行っていたものの、作業場の周りで使用していた同硝フッ酸の臭気により、30分程が作業の限界だったため、3名で4日間という時間がかかるなど、大変な補修作業でした。
補修作業以外にも付近にあった当社の電動工具や一斗缶までが酸による酸化現象で錆びてしまい、着用していた作業着や安全靴、ベルトに至るまで二度と使用することはできなくなりました。
このように過去に適切な補修が行われてこなかったという事実と、正確な情報が得られなかったという悪条件が重なったことにより、最後の砦となる槽の崩壊を防ぐ補修作業が想定をはるかに上回る過酷なものとなり、補修作業に従事した「人間の安全」という最重要の部分を危険にさらすことになったことは、当社としても大変憂慮すべき事態でした。
C. 不適切な補修に対する自社技術を用いた緊急対応
写真: FRP特殊ライニング工法で補修した底面
今回の対応は側面と底面で異なる対応方法を採用しています。
まず、槽の側面についてはケレン後、全面にFRPライニングを施すことで対応を行いました。これは当社での一般的な工法となります。
しかしながら、底面の補修については上記の一般工法では対応できませんでした。残留している強酸の影響により、FRPライニングに用いるマトリックス樹脂の硬化剤である過酸化物が失活化し、硬化不良を起こしたからです。強酸が底面に残留していたというのは事前の情報には含まれておらず、想定外でした。
このような困難な状況を踏まえ、既存の構造物の中に新たな構造物を構築するという当社独自の「FRP特殊ライニング工法」を適用しました。
予め底面の寸法に合致するFRPライニング材を板材として準備した上で、薬液の漏洩や浸透防止を目的とした追加のFRPライニングを行いました。
事前準備なくFRP特殊ライニング工法を適用するためのFRP板材を急遽準備できたのは、当社がFRP製品製造機能を有する工場を所有していたことにほかならず、一般的なライニングや補修専門業者では対応できなかったと思います。適切な情報が不足し、現場で刻一刻と想定外のことが起こる危機的な状況の中で、当社固有の事業体制が功を奏したとも言えます。
以上のような緊急対応の結果、最低ラインとしての補修工事は完了できました。ただし、事前に状況が把握できていた場合、予めFRP板材を準備の上、側面も含めてFRP特殊ライニング工法を適用したでしょう。状況がわからない中、手探りで補修の方針を検討、決定していったというのが実情といえます。
D. 同様の問題が起こらないために、硝フッ酸を用いる企業の取るべき対策
写真:補修の終了した硝フッ酸槽
今回の硝フッ酸槽の補修作業を通じて、当社として危機感を持ったことがあります。
それは、恐らく同じような不適切な補修を繰り返し、槽の母材への腐食による薬液の漏洩といった、安全や環境の問題につながるような事態が既に生じている、もしくは起こるリスクに知らぬ間に直面しているのではないか、ということです。
そこで同様の問題発生を少しでも抑制することを目的に、硝フッ酸槽を所有する企業に向け、留意点を述べたいと思います。
まず一つ目が「硝フッ酸槽の構造を把握する」ということです。母材の材質は何か、そしてライニングが行われている場合、それはいつ、どのような材料を用い、どの領域に対して行われたのか。このような情報を予め把握しておくことは、補修が必要になった際、どのような対応が必要かという指針を決めるにあたっての極めて重要な判断材料となります。
もう一つ重要なのは「定期的なメンテナンス」です。どのような材料を用いたとしても、硝フッ酸等の強酸の存在する環境において、腐食というのは必ず進行します。大切なのはその腐食劣化の進行をいち早く把握し、その進行を食い止めるための対策を迅速に行うことにあります。腐食進行を早い段階で捉えられれば捉えられるほど、補修工事も簡易的なものにできるうえ、結果的にメンテナンス期間の延長につなげることもできます。
最後に「適切な施工業者の選定」です。今回ご紹介した事例でもわかるように、使用されている酸の種類、母材の種類等をきちんと理解せず、一般論や経験則で不適切な補修が行われている事例が散見されます。画一的な補修ですべてのケースに対して万能に対応することは極めて困難であり、補修を行う施工業者は、使用している薬液の特性を理解し、そしてその薬液に耐性のある材料を適正に選定し、漏洩や浸透を最小化する工法にて補修するという、徹底した姿勢が求められます。
「いつもお願いしているから、安いから」といった今までの関係性やコストだけで施工業者を選ぶのではなく、薬品や補修材料・工法に正確な技術的知見を有しているかを見極める、というスタンスが必要かと思います。
硝フッ酸槽を有する他の企業で、今回ご紹介したような問題回避に、今回の記事が参考になれば幸いです。
※「FRP製塩酸貯蔵タンクの改修、補修」に関するページはこちら。