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FRP製品を笑顔と共に

不飽和ポリエステル向け硬化剤の硬化不良発生とその対応

当社ではガラス繊維を強化繊維とし、マトリックス樹脂に不飽和ポリエステルやビニルエステルを用いたGFRPを基本材料とした成形物を設計、生産しています。しかし2020年に入ってから硬化不良とみられる現象が特に多く確認できるようになったことから、社内において現象を技術的観点から仮説立案と考察を行い、またその結果を踏まえ再発防止の対策をとることとしました。今回は調査結果と対策の概要について述べたいと思います。

 

1. 硬化不良の現象

4年前より継続的に製作をしているFRP製タンクの製造過程において、SUS製部品にプライマー(ビス系ビニルエステル樹脂)を塗布し、当社で使用する硬化剤であるパーメックNを主剤に混錬後、硬化を促進するためにナフテン酸コバルトを混錬します。通常はおよそ5分で硬化が始まり塗布した箇所も1時間も経過すると完全に硬化します。

しかし、今年(2020年)の春頃(3月)より「少し硬化が遅いな」と感じることが多くなってきました。そして9月になったところで様々な場面で硬化遅延現象が多発するようになってきたのです。

当該現象が原因となり、タンクでの部品オーバーレイ部はガラス繊維の中のマトリックス樹脂が垂れて流れ出て白化する、内面トップコート部はやはり流れて硬化しない、といった現象が見られるようになりました。初期対応として加熱するといったことを行いましたが効果は限定的で、硬化不良の根本的な解決にはなりませんでした。

 

2. 硬化不良が起こった際の初期対応

今回発生した硬化不良に対する初期の対応としては以下のようなことを行いました。

 

‐樹脂単体での使用では加熱を行う

今回用いている硬化剤のパーメックNは常温系硬化剤であり、通常は加熱等の熱履歴は必要ありません。しかし、硬化不良による樹脂の流動等の不具合が起こりやすい、プライマーやトップコートのようにマトリックス樹脂を塗るだけの場合に、加熱を行うようにしました。

 

‐硬化剤を多めに添加したマトリックス樹脂で樹脂の漏出を抑制

ガラス繊維に含侵させた後、硬化不良を起こしたマトリックス樹脂が垂れてしまった場合、硬化剤を多めに添加して硬化を進行させたマトリックス樹脂を、脱泡ローラーで強制的にガラス繊維に塗り込みます。これにより、硬化不良を起こした樹脂の硬化が進行することで、樹脂の垂れを抑えました。

 

‐硬化不良部分のGFRPを除去

ガラス繊維に含侵後、硬化不良による粘度上昇不足で垂れてしまったものについては、剥がすことができるものは手で取り除き、手作業では困難なものについては、サンダー等の電動工具で削り落とすことで除去しました。

 

ただ、上記のいずれの対応も応急処置に近い対応であったため、原因究明と対策立案が必要な状況に変わりはありませんでした。

 

3. 仮説立案と考察による硬化不良の原因の推測

現場における作業者の観点も踏まえ、発生した原因の推測を行いました。可能性として挙げられたのは以下のものです。

‐マトリックス樹脂と硬化剤の攪拌不足

‐マトリックス樹脂、硬化剤、促進剤が古い(長期保管による変質)

‐各マトリックス樹脂に対しての硬化剤量の間違い

 

マトリックス樹脂と硬化剤の攪拌不足、各マトリックス樹脂に対しての硬化剤量の間違いといったことについては、実際に条件を変更する、また実際の作業手順を細かく確認する、といった検証を行いましたが、マトリックス樹脂の硬化不良の主原因ではないことがわかりました。

 

マトリックス樹脂、硬化剤、促進剤が古いという可能性についても合わせて検証を行いました。その結果、材料を新しいものに変更することで硬化不良の発生が起こらなくなりました。

 

これらの仮説に対する検証から、硬化不良の原因の一つして硬化剤であるパーメックNの失活を疑いました。

パーメックNはメチルエチルケトンパーオキサイドという有機過酸化物を主成分とし、連鎖反応による爆発等を避けるため、不活溶媒であるフタル酸ジメチルによって希釈されているものになります。

メチルエチルケトンパーオキサイドは、結合力が最も弱い酸素原子間で発生するラジカルと呼ばれる活性点を起点として、希釈剤であるスチレンや不飽和ポリエステルのビニル基を攻撃して発生するラジカルによって連鎖的に分子が結合していく「ラジカル重合」というメカニズムで硬化が進行します。

このラジカル発生は金属塩、アミン、強塩基、強酸等の存在下で促進されることが知られています。一般の工程においてナフテン酸コバルトを添加するのも、ラジカル発生を促進することがその目的にあります。

 

しかし活性の高いメチルエチルケトンパーオキサイドのような有機過酸化物には、注意すべき性質があります。それは、意図しないラジカル発生と失活です。

意図しないラジカル発生の外的要因として最も大きいものが「温度」です。パーメックNについても安全管理温度として「SADT」というものが指定されています。これは、50L程度の容量に保管された有機過酸化物が、7日以内に6℃以上の発熱現象を示す温度のことで、ラジカルが発生し、重合反応や停止反応が起こる際に熱が発生することを利用しています(詳細についてはこちらのページをご覧ください)。パーメックNのSADTは65℃と高めではありますが(出展元:パーメックデータシート)、猛暑だった今年の夏の保管中に、分解によるラジカル発生が起こっていた可能性は否定されません。

また理化学辞典によると、過酸化物の一般的な性質として、「過酸化物は水や酸の存在下で分解し、水酸化物と過酸化水素を生成する」と書かれていることから、梅雨時期を経ての高湿多湿環境下での保管された、ガラス繊維、マトリックス樹脂、硬化剤等の吸湿による水分が、硬化剤中の有機過酸化物分解の一因となった可能性もあります。

 

上記のような温度や水分によって発生したラジカルは、ラジカル同士が反応することによって失活する「停止反応」を起こすことが高分子科学の世界では知られており、当該反応は新しい結合が形成される結合(combination)と、相手のラジカルからHを引き抜く不均一化(disproportionation)に大別されます。このような停止反応の結果として硬化剤中のラジカル濃度が低下し、硬化不良が引き起こされた可能性が考えられます。

 

以上のことから、保管中の温度と材料中の水分による有機過酸化物の失活が、今回の硬化不良の主原因ではないかと推測しました。

 

4. 硬化不良という問題が起こらないために必要な対応

今回の推測(仮説)とそれに対する考察を踏まえ、当社における硬化不良再発防止に向けた対策を以下のように定めました。

‐マトリックス樹脂、硬化剤、促進剤の製造年月日と開封後時間把握と記録:将来的に硬化不良等の問題が再発した場合、その主原因が材料の保管状況や保管時間にあるか否かを検証するため。

‐マトリックス樹脂、硬化剤の開封時に異物(金属、酸、アルカリ、水等)が入らないようにする:有機過酸化物の分解につながる因子を排除するため。

‐硬化剤の継足し禁止:分解による不必要なラジカル発生や停止反応の回避のため。

 

 

不飽和ポリエステル樹脂は、ガラス繊維を強化繊維としたFRPのマトリックス樹脂としての歴史は半世紀以上になります。その一方で、当該樹脂の使用経験が豊富な企業においても、その化学的なメカニズムを考慮した取り扱いや工程の最適化は不十分なケースがあるのが実情といえます。

今回記載したことが、不飽和ポリエステルというマトリックス樹脂の硬化不良の回避の一助になればと思います。